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ZIPPOはあなたにとって、どんなライターですか…..?

ZIPPOの魅力の一つに、個人の持つ思い出があります。このページでは皆様からお寄せいただいた「マイ・ジッポー・ストーリー」の一部をご紹介します。

 

たくさんお寄せいただいておりますが、読んでいると笑いがこみ上げてくるお話、涙が出そうになるお話など、ジッポーの新たな世界を見ているようです。

 

興味のない方にはただのライターと映かもしれないZIPPOライターですが、思い出を刻まれたZIPPOはどんなコレクター品にも負けない、素晴らしいライターに変身していくのではと再認識させられます。

 

ここまで想いを込めることができる逸品をお持ちですか?

 

 

 

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13年前、今の会社に就職した時にシルバー製のZippoを母からプレゼントされました。中学を卒業した後、定職にも就かずぷらぷらしてその日暮らしをしていた私。事あるごとに両親とぶつかりなにもかもやな事は人のせいにしていました。そんな私も22の時にこのままじゃいけないと思い今の会社に就職しました。

 

母からZippoを渡された時に初めて大人になった実感がわいてきました。そのZippoも昨年ふたが取れてしまい使えなくなりました。修理も考えましたが、せっかくの母からの贈り物。他人の手に掛かるのをためらいそのまま大事に取ってあります。

 

亀井 様

 

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私が今使っているZIPPOは、長男からプレゼントされたものです。

 

今から5年前、私の息子が中学2年生の時でした。その頃息子は、反抗期で生活も乱れていました。私と家内は、そんな息子を夏休みの間アメリカにホームステイさせることにし、息子をアメリカに送り出しました。

 

いやいやアメリカに行った息子でしたが、アメリカの生活がよかったのか、良い気分転換になったのか、日本に帰ってきた息子は、以前とはみちがえるほど、明るくたくましい少年になっていました。

 

そんな息子がアメリカのお土産に買ってきてくれたのが、今つかっているZIPPOです。その息子も中学3年の2月にガンで亡くなってしまい、ZIPPOがかたみとなってしまいました。

 

これからも、このZIPPOを大切に使っていこうと思っています。

 

岩田 様

 

 

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現在43才の平凡な会社員です。20年ほど前は、陸上自衛隊に所属しておりました。その頃のZippoに関するエピソードを書かせて頂きます。

 

自衛隊に入隊し、部隊配属されてまもなく部隊の近くの喫茶店に勤めているとてもかわいい女の子と付き合うようになり、毎日のようにその喫茶店に足を運んでおりました。しかし、当時の自衛隊は”ロシア南下政策の疑いが有る”と言うことで、それに備えての《対機構演習》なるものが頻繁に行われておりました。

 

 長期間演習場に寝泊まりし、様々な訓練を行っておりました。長い間彼女と会えない日々を過ごす辛さ…そんなある日、彼女から一通の手紙が演習場に届き周りの同僚からずいぶんと囃し立てられました。 

 

その手紙を、こっそりとテントのなかでZippoの明かりで読んでみると、彼女も私と同様にいても立ってもいられずに手紙を書いたとのことでした。わざわざ部隊まで行き演習場の住所を教えてもらい、私に手紙を書いてくれました。

 

このことは、20年以上たった今でも忘れることは出来ず一番の思い出になってます。現在、その彼女との間に生まれた子供は高校へ通い、私も一般の企業に再就職しております。 

 

もちろん、ライターはZippoです。当時のZippoは、何処かに行ってしまいましたが、彼女からプレゼントにもらったZippoを使ってます。

 

山上 様

 

 

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私が20歳になったばかりの20年以上前の話です。ある日、私は初めて新車で買ったばかりの250CCバイクで日帰りツーリングに出掛けました。天気も良く、予定より遠くまで行ったので、帰りは夜になりました。夜風に吹かれながら気持ち良く走っていると、突然エンジンが止まり、どうしても始動しません。

 

私は、ガス欠と思い、「チッ」と舌打ちしながらバイクを降り、タンクキャップを開けてガソリンタンクを覗き込みましたが、暗くてよく見えません。そこで、私は買ったばかりのZippoをポケットから取り出し、もう一度ガソリンタンクを覗き込みながら中を見ようとZippoに火を点けました。

 

その瞬間、私は信じられない光景を目の当たりにしました。Zippoの炎は、タンクにタップリ残っていたガソリンに引火し、ボンッ というイヤな音の後、買ったばかりで200キロも走ってない新車のバイクは一瞬で炎に包まれ、5分も経たないうちに燃え尽きてしまったのです。

 

それを私は、ただ呆然と眺めているだけでした。後で判ったのですが、エンストの原因は、プラグキャップが緩んでいただけという、悲しいオチがつきました。嘘みたいな話ですが、その後、私は消防士になりました。

 

今、私はその時のZippoで煙草に火を点けたところです。慌てて落とした時の傷を見る度にこの出来事を思い出します。そして、Zippoはとても丈夫で長持ちしますよ。

 

ペンネーム to48ru様

 

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今から10年近く前、会社の帰りにいつも寄っていた中華料理屋の大将が病気で倒れました。ご家族の懸命な看護により一命をとりとめたものの、大好きなタバコを止めざるをえない事になりました。

 

大将はかつて米軍キャンプにも出入りしておられ、長年ジッポを愛用し無類のタバコ好きでもあった方です。その大将がタバコを止めるにあたり、 『長い間使っていたジッポだけど、もう一生使ってやれなくなった。 

 

だったら、うちの店に来てくれるお客さんの中で、1番たばこをうまそうにすっていた君にこのジッポーをあげよう。君ならこいつを大切に、うんと長い間つかってくれるだろ』と言ってその貴重なジッポを私に下さったのです。

 

その当時、私は付き合っていた彼女からクリスマスプレゼントでもらったジッポーを愛用していたのですが、その日以来、常に大将のジッポーを使うようになりました。

 

あれから月日が流れ…大将の年の離れた一人息子が成人したと風の便りに聞きました。大将から頂いたあのジッポーを、成人のお祝いにプレゼントしようと思っています。

 

市川 様

 

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私は昨年1月故あって会社を辞めました。そのときに私の前の部下の女の子からzippoをプレゼントされました。前から私がzippoコレクタ-だということを知っていたのです。

 

彼女は当然ですが、旦那もたばこは吸いませんし、zippoはどこで売っているのかさえわからず、あっちこっち探して見つけてくれました。あまりに色々な種類があり、選ぶのに苦労したそうです。そして選んだ物が気に入るかどうかとだいぶ気にしていました。

 

そのzippoはミレニアムzippoでした。zippoもさることながら、私はその温かい心に感謝しました。そんな素敵な仲間と別れることは非常に辛かったです。帰り道、鞄に入れたzippoを大事に抱えながら、素敵な仲間をもったことに感謝いたしました。

 

内田 様

 

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二十歳の記念に自分で初めてジッポーを購入しました。とても質感が良い、シルバーのジッポーです。購入してから、手入れも毎日欠かさず、気に入って使っていました。ある日気がつくと、手元にジッポーが無い事に気がつき、焦りながら必死に探しました。その日行動した全てを再現しながら、見落としの無いように。努力の甲斐虚しく、ジッポーは出てきませんでした。 

 

大切にしていたジッポーなのに・・落ち込みは深かったです。その件があってから、またお気に入りのジッポーを見つけようと何個も買いましたが、初代のジッポーに勝る物には出会わず、まあこれでもいいか、というような感じで違うジッポーを使っていました。

 

無くしてから2年後位でしょうか。冬に、友人たちとディズニーランドへ遊びに行こうと、朝方常磐道を走り、疲れたので一休みしようとパーキングに入りました。朝方だったので人も少なく、自動販売機でコーヒーを買いました。お金を入れてコーヒーを取ろうと目線を下げた瞬間、なにやらジッポーが落ちていたのです。

 

「落とし物?」と思い拾い上げると、どこか見覚えのある、鈍い輝きを放っていたのです。「ん!?」と良く見てみると、2年ほど前に僕が無くしたジッポーでした!「なんでこんな所に!?」と、昔一緒に探してくれた友人も驚いていました。

 

なぜ無くしたジッポーだと解ったか・・その理由は、買った当時嬉しさの余り、自分の名前の一文字「T」という文字を掘っていたのです。見つけたとき、薄くはなっていましたが、はっきりと「T」の文字があったのです。僕が落としたとか、誰かが持ち出したとか、そんな理由はどうでも良くなりました。 

 

手に持つあの素晴らしい感触が蘇ったことが嬉しくて。むしろ、落として良かったかも知れません。なぜなら、さらに円熟味を増して渋い光を放つジッポーに育って帰ってきたからです。

 

一生の宝物。そんな感じがします。

 

長山 様

 

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私は以前、アメリカのペンシルバニア州の大学に留学しておりました。 ジッポーに詳しい方でしたら、もうお分かりでしょうが、そうですジッポーの本社、ブラッドフォードがある所です。 

 

僕のいたペンシルバニア・ピッツバーグより車で4時間30分くらい北上すると静かなブラッドフォードの町を訪れることが出来ました。私は留学時代にこのジッポーの魅力に取り付かれ、約4年間の間で350個以上のジッポーを集めました。それはこんな話がきっかけだったのです。

 

ある日、僕は友達と片田舎の古道具屋へ立ち寄ったのです。そこには全く商売気の無いおじいさんとおばあさんが二人で接客していました。店へ入ると1930年代の雑誌やら、何に使うか分からない道具、古いコーラのビン、使えないであろうタイプライターなど、売れるのかな、と考えさせられる商品がたくさん並んでいました。

 

僕らは一通り古いアメリカを感じながら商品を見て周っていると、ライターがごちゃごちゃ入った木の箱を発見したのです。二人ともタバコを吸いますので、安そうだから一個づつ買っていこうと、二人で選び始めました。 

 

その中には数多くのジッポーがありました。もう使えそうも無いものから、比較的新しい物まで入り混じっていたのです。友人はわりと新しい物を選択しましたが、僕はわざと古く錆びたジッポーを選択、二人仲良く50セントを支払い帰宅したのです。

 

家に帰って早速一人でまだちゃんと火がつくのか、石とオイルを入れて着火テストしたのです。もちろんしっかり火はつきました。感心してそれからしばらく通常のライターとしてその錆びたジッポーを使用していると、ある友人が僕のライターは第二次大戦でアメリカの兵士が使用していたものではないか、と言うのです。 

 

それから気になって気になって仕方なくなり、日本からジッポーの本を送ってもらい調べてみると、それはやはり第二次大戦でアメリカ兵のみが使用していた粗悪なスティールで出来たジッポーだったのです。

 

その週末、僕は一人でその店へ出向き、片っ端からお店のジッポーを購入してきました。全部で30ドルぐらいだったと思います。帰宅すると年代を調べたり、その時代のモデルを味わったりと、徐々にジッポーの魅力にはまって行ったのです。 

 

それから4年間、レディーブラッドフォードの本物や1946年ニッケルシルバー製のジッポーなど珍しい物等、僕のコレクションは増えて行ったのです。

 

つまりアメリカの僕の思いでは、ジッポーにまつわることがほとんどなのです。そんな良き思いでとともに今、ジッポーで火をつけた煙草をくわえながら、このメールを打っております。これからどんな思いでが増えて行くのか楽しみです。

 

松山 様

 

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Zippoの思い出は色々ありますが、一番古い思い出は小学校の5年生の頃です。一番最初にZippoを手に入れたのが、この時です。ボーイスカウトの先輩からいただきました。

 

当時のボーイスカウトは(今もかな?)かまどの火をたくマッチの本数が、決められていました。つまり、太い木、細い木、削った木、新聞紙等をうまく使い、最小の本数のマッチで火をたく。これが新米には辛い、、、特に雨上がりの朝食なんて泣きたくなります。

 

案の定、マッチを使い果たし、どよ~んと落ち込んでいた時、「内緒だぞ」と言って仲の良かった先輩が年季の入ったZippoをくれました。今思えば先輩もきっと、同じ状況で入手したんだと思います、だから僕も「内緒だぞ」って後輩に(^.^)。

 

「初キャンプはこれが決まりだ」と言って、新米のおニューの帽子を水汲みに使い、かまどでうちわ代わり使う。こんないじめにも似た歓迎を、嬉しそうにやってくれたのもこの先輩でした。

 

初キャンプが終わると、真っ黒に日焼けして、よれよれの帽子を被った一人前のボーイスカウトの誕生です。嗚呼、もう、二十七年前の話だもんなあ、、、うちの子もそういう思い出、作ってくれるんだろうか?

 

ペンネーム mag様

 

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私はZIPPOのおかげで命拾いをしました。若いころ(今も若いつもりですが)自衛隊にいた時に不発弾が近くで爆発して破片が飛んできました。

 

幸いけが人もなく、事無きを得ましたが後で自分の胸に入っていたZIPPOを見てびっくり!弾の破片がみごとに食い込んでいました。

 

当時は「悪運の強いやつ」といってからかわれましたが、もしこのZIPPOがなかったら今ごろはあの世だったと思います。今でもこのZIPPOは大切に弾と一緒に保管してあります。

 

関口様(東京都)

 

 

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私の弟はジッポーコレクターなんです。それはそれは大切に保管しているですんですが、使わないんですよ。補充用のものまで持ってたりするのに一向に使わない。

 

いつだったか、火が必要だった、あの子は何でかコンビニまでライターを買いに行ったんです・・。おいおいですよね。何の為のジッポだっつ~の!!

 

静井様(千葉県)

 

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現在使用しているZIPPOは父親からもらった#250で見た目は何の変わりもない、何のロゴもないふつうのZIPPOです。ふつうに買えば2000円ちょっとの物です。ただ他と違うのは私と同じ24歳のZIPPOということと俺と父親の歴史の一部にいつもいたということです。

 

今から4年前、実家を出て一人暮らしをしていた私を20歳の誕生日に普段は無口で厳格な父親が、話があるということでわざわざ実家に呼びだしました。

 

なにか説教でもされるかと思いきや、古ぼけた包装紙に包まれた小さな箱と、「誕生日おめでとう」の一言を言ってすぐに奥の部屋に引っ込んでしまった。その小さな箱に入っていた物が、今私の手の中にあるZIPPOでした。

 

母親の話だと父親が私が生まれたときに記念として買って、私が20歳になったときの誕生日のプレゼントにするためにずっと保管していたZIPPOだということです。

 

私は子供の頃から悪ガキで父親との衝突は何回もありました。そのたびに父親は夜中にこのZIPPOをタンスから出してきて、それを見ながらぶつぶつ独り言を言っていたそうです。

 

何を言っていたのかは母親も分からないそうですが、この話を聞いたときはさすがに心を打たれましたね。ガツンとやられた感じです。

 

来年俺はZIPPOを購入した時の父親と同じ歳になります。まだ結婚はしてないけど8年間付き合ってる彼女がいます。そいつと結婚して子供が出来たとき俺も俺の父親のようなかっこいい父親になりたいですね。

 

                  ダンディー課長様(千葉県)

 

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現場の仕事で高速回転式のグラインダーを使用しています。そのグラインダーの刃を交換するときに六角レンチを使用して交換するのですが、交換しているときに誤ってスイッチがON状態になり高速回転して六角レンチがものすごいスピードで飛んできて右腕の上腕に2針縫うけがをしました。

 

それがこの仕事をやりだしてから3ヶ月ぐらいのことでしたがそれから約半年ぐらいしてからまた同じように交換作業中に高速回転して、今度はレンチが左胸に飛んできてあっと思ったのです。

 

しかし、なんとレンチが作業服のポケットを破り中に入れていたタバコをボロボロにして当時5年以上使っていたジッポーのライターに当たって今回は怪我無くすんだ事がありました。

 

ジッポーはレンチに当たって変形してしまいましたが多分ジッポーがなければ肋骨の骨が折れていたかもしれませんでした。このときジッポーに助けてもらって今では安全対策が取られてもうこんな事故が無くなりました。その時のジッポーは、記念に机の中にほりこんでまだ残っていると思います。

 

藤本様(大阪府)

 

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懸賞でジッポが当たりました。初めてのジッポーだったので、嬉しくていつも持ち歩いていたのですが、あるマクドナルドに入った時のことです。食後の一服をということでタバコに火をつけ、ジッポをテーブルの上に置いたつもりでいました。

 

そしてトレイを片付け外に出たのですが、そこでジッポーを持っていないことに気付きました。慌てて店に戻り、席を調べたのですが見つかりません。そこでふと思いました。「もしかしたら、トレイに乗せてゴミといっしょに捨てちゃったのかも・・・」

 

急いで店員さんに訳を話すと、店員さんはイヤな顔もせずに一緒にゴミ箱をあさってくれました。ハンバーガーの包装紙やハンバーガーそのものなんかが入っているゴミ箱の中身を一つずつ別のゴミ袋に移し変えていくと、底に私のジッポーを発見しました。

 

このときの喜びというか安堵というかの感覚は忘れられません。見つかったとき、店員さんも嬉しそうな顔をしてくれました。ありがとう、マクドナルドのお姉さん。 

 

福田様(京都府)

 

 

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私が50歳の誕生日、息子が部屋に入ってきて「誕生日おめでとう」といいながら、初めてのプレゼントをくれました。

 

後にも先にも、この一回だけですが、それがジッポのライタ-でした。自分で稼いだ最初の給料だったみたいです。

 

涙が出るほど嬉しい気持ちを押さえるのに苦労しました。いまは家を出て、一人で暮らしていますが、ライタ-を使う度その時の嬉しさがこみ上げてきます。 

 

油田様(神奈川県)

 

 

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5年前にスキーに行った帰りに立ち寄った店で、毎年クリスマス位に発売されるZippo限定モデルをうっかり置き忘れてしまってた。遠距離ということもあり、半分諦めていたけれど、昨年の2月に再び同じ店に立ち寄ったところ、店の主人がそのZippoを忘れ物として、大切に保管していてくれた。

 

聞けば、その主人も私と同じくZippoの愛好者であった。私は誰かに持っていかれているだろうと思っていたので、その主人が4年間もの間無くした人のことを思ってくれた事に感謝し、この人なら大切に使ってくれるだろうと思い、そのZippoをお譲りました。 

 

河上様 

 

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主人とまだ付き合っている頃、誕生日のプレゼントにジッポーをあげたたことがあったんですが何処かで無くしたらしくその事を私に隠しているんです。かれこれ1ヵ月ぐらいになるので痺れを切らし「ライターどこやったんや!」の問いに、主人が「使うのもったいないからしまってある」と一言???・・・おかしい・・・怪しい・・

 

後で分かった事なのですが(主人の同僚から聞いた)無くしたライターと同じ物を、あちこち探しまわっていたようでかなり苦労して探したようです。今でも、「私のプレゼントしたジッポー見せて」と言うと机の奥からゴソゴソと出してきます。「つこてくれへんの」と聞くと「お前にもうた最後のプレゼントやさかい、もったいなぁてつかえへんわ」と嬉しいような悲しいような答えが返ってきます。

 

 ちなみに2代目ジッポー君の事は気付いていない振りをしています。来るべき夫婦喧嘩の[最終兵器]として・・・私に悪いと思って一生懸命探したようだし、もう時効かな。(^.^)… 

 

桑原様

 

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昔主人と交際中のこと・・・主人が初月給で買ったというライターが漆塗りのジッポーで、大変なお気に入りでした。落としてはいけないといつもカバンに入れて持ち歩いていたところ、カバンごと盗られてしまい、何がショックかと言って、初月給の思い出が染み込んだジッポーが手元からなくなったこと。 

 

あまりの落胆の様子に、もう同じ物が手に入らなかったので、私はシンプルなジッポーを買い、漆塗りのお店を訪ね歩き、記憶を頼りに出来るだけ同じように塗りをお願いしました。やはり前の物とは同じとはいきませんでしたが、とても喜んでくれたのは言うまでもありません。それがきっかけで、結婚へのゴールとなりました。

 

それ以来、誕生日や何かの記念日にはジッポーを贈るのが恒例となっています。主人は今ではすっかりジッポ-コレクターです。いつかこの恒例が我家の習わしとなって、代々受け継がれていくと嬉しいな、と思っています。 

 

「これは昔おじいちゃんとおばあちゃんがね・・・」なんて語られながら・・・。 

 

長尾様

 

  

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私がまだ学生の頃マクドナルドでバイトをしていたのですが客席にジッポーの忘れ物がありました。その日の閉店後そのお客様から電話があり明日取りに行くので、保管していて欲しいとのこと。 次の日そのお客さまは朝一番で取りに来ました。なんでも、県外に住んでいるそうで午前中は会社を休んでまできたとのこと。

 

 「郵送もできましたのに」と言ったところ、「大事なものだからね」ってわらっていました。きっと、そのジッポーには素敵な思い出があったんですね。そこまで大事にされているジッポーも幸せだろうな…って思いました。  

 

早崎様

 

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ZIPPOは昔つかっていましたが、それをくれた彼女と最後にいった映画館の中に置いてきてしまいました。東京にいく私との最後のデートでしたが、ZIPPOを忘れてきたことについては彼女には告げず、90年前半のバブル狂乱にかまけて忙殺の日々を送っていた私は、その彼女とも程なく別れることになってしまいました。 

 

それから10年が経過し、故郷に帰ったとき、その映画館はすでに倒産しており、立ち入り禁止の看板と厳重な施錠がされ、概観もかなり朽ち果てていました。悪いこととは知りつつも、割れたガラスの隙間から中に侵入した私は、彼女と最後に座った席で、いくつかの思い出をよみがえらせては、もう二度と灯ることのない「禁煙」のランプを皮肉に思いながら、タバコに火をつけようとしました。 

 

そして後ろのポケットに手を伸ばしたとき、シートの間に挟まった小さなモノを見つけ、言い様のない感動を覚えました。あの日わすれていったZIPPOは、10年を経過した今もそこにあったのです。 

 

長い時間そこに放って置かれたにもかかわらず、何事もなかったかのように再び点火するZIPPOを手に取り、映画館を後にした私は、車をかつてよく通った彼女の家へ向かわせました。

 

小峰様 

 

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去年の夏に単車(アメリカン)で日本一周した。半周もした頃の福井あたりで一人のバイカーに出会った。自分の出身は北海道である。彼もまた北海道から始めて1年間日本中を旅するつもりだという。俺達の目標は一緒だった。すぐに意気投合した。それから一週間の間、一緒に走りつづけた。途中では大雨もあった。でも、日本海のすばらしい夕日を見ることも出来た。 

 

一週間後、鹿児島にたどり着いた時彼は言った「兄さん(彼は俺をこう呼ぶ)俺、明日は沖縄に渡るよ」その日は、ぜいたくに旅館に泊まり(それまでは全て野宿)居酒屋に行って二人で飲みまくった。 

 

次の日、いつもと変わらずに単車に荷をくくりつける。そして、いつもと同じように2台で走り出す。いつもと違っていたのは、二人の会話が少し少なかったことだろう。桜島のふもとで彼は俺に使い古されたジッポーを渡した。彼もまたそのジッポーはかけがいのない仲間にもらったものという。 

 

結局俺は時間の都合で沖縄に渡ることが出来なかったのだ。たった一週間一緒にいただけのこの俺に彼は大切なジッポーをくれた。涙が出そうだった。 

 

硬派を気取っている自分の心がこれほどまでに動かされることがこれから何度あるだろう。彼の気持ちが十分に伝わった。かたい握手をかわして俺達は背を向け合って走り出した。「じゃ」と互いに一言ずつ残して。

 

あの時握手をかわした手に今、彼のジッポーを握っている。彼のラッキーストライクに火をつけていたジッポーは、今は、俺のキャメルに火をつけている。いつの日か、俺もまたこのジッポーを誰かに渡す時が来るのだろうか。まだわからない。とりあえずまた旅に出てみようかと思う。 

 

佐藤様

 

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はじめ、女性にジッポって使いにくいし、なんか可愛げがないかな?何て思っていたのですが、あのカチッという音の重さが大好きで、でも買わずにいたんです。

 

その時、付き合っていた彼が持っていたジッポーというのが、とても古くて(確か、おじいちゃんにもらった)不思議な重みのある貴重なもののようでした。いつも、ジーンズのポケットにいれて大事に持っていたんです。

 

ところが、私の2人で祝う初めての誕生日の日に、彼の家に前日に頼んでいたケーキをとりにいって(私たち学生でお金がなくて)みると、とても大事そうにひとつの箱を持って、『おめでとう』といって手渡してくれたんです。

 

あけてみると、彼の一番大切にしていたジッポ。何よりも一番うれしくて、いいの?と聞くと自分の今持っている大切なものをお前に持ってほしい、というのです。思わず泣けてしまいました。

 

もう、彼とは就職が決まりわかれてしまったけれど、ジッポはまだ、大事に持っています。彼のその時の気持ちを考えると、使えずにいるんです。だから、ジッポは私にとってとても思い出深いライターなんです。

 

田中様

 

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いつも友達と夜遊びに出かけていた大学生の頃、ある晩の午前2時頃になって夕方から降っていた雨が強い風を伴い僕達を襲ってきました。

 

若かった僕らは、傘も持たずに遊んでいたため、飲み屋から追い出されてすぐにドブネズミのようにどろどろになってしまいました。

 

あるタバコ屋の軒先で雨をしのいでいた時、友人が一本のタバコを取り出し、親からもらったご自慢の(高いらしい)ロンソンのライターで火をつけようと・・・・雨に濡れたライターは、そのご自慢の威力を発揮できずに火花がむなしく散るだけでした。

 

私が取り出した2800円で買ったZippoは、見事に一発で着火。オイルの炎は大きく揺らぎ、僕たちのタバコと冷え切ったからだに心地よい暖かさをくれたのでした。

 

斎藤様

 

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平成7年1月17日午前5時46分、私は友人の下宿先のボロアパートの2階におりました。そこへあの大地震。揺れおさまり友人とめちゃくちゃになった部屋の中、ジッポーの明かりを便りにとりあえず必要と思われるものだけ探し窓から外に出ました。

 

2階建だったためすぐに外に出ることはできたものの、とっさのことであり薄いセーター一枚。手に持ったジッポーは着火してカイロがわりににしました。あの時の心細さと手の中のジッポーの感触は一生忘れることはないでしょう。

 

保田様 

 

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先日 実家が火事になったんですが、焼け跡から貴重品を探していたら20歳の頃彼女からもらったジッポーが出てきました。約10年の間忘れられていたジッポーです。

 

こんな時に出てこなくてもと…なんか、懐かしさと悲しさでちょっとセンチになりました。ちなみに中身を交換して今使っています(女房には内緒です)。家は全焼だったけど、両親にケガはありませんでした。

 

匿名様

 

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うちの会社に今から10年くらい前、バイトに来ていた高校生がいまして。これがまた、けんかが好きで、アオタンが消える日がないくらいの奴でした。私は何度か奴に更正させよと叱ったり、めしを食べさせたり、かわいがってやりました。

 

そいつがある日、パチンコでジッポーを私のために取ってきてくれました。それから、7~8年、使って壊れてしまった今でも、タンスの奥にしまってあります。

 

石原様

 

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最近まで使っていたジッポーは、阪神淡路大震災で亡くした大親友のもの。何年も使って、汚いボロいジッポ。 

 

ずっと「そのジッポちょうだい、ちょうだい」って言っていたのに、「絶対いや~っ」っていつもちゃらけてた奴。別にジッポが欲しかったわけじゃないねんで、あんたが持ってるものが欲しかったって言いたかった。

 

まだまだたくさん遊びたかった、話したかった、一緒にいたかった。でも、ジッポはもらったぞ。おばちゃんが「使ってやって」だって。ほんま、不思議や。どこに行ったん?あんたは。 

 

長橋様

 

 

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友人が使っている「ジッポー」をみて、100円ライターの私はいつも「重たくて大変だな」と思っていた。

 

先日、その友人と外出したとき友人がバス停で煙草を吸い始めた。私も負けじを煙草に火を付けようとしたが、風が強くすぐに消えてしまう。それを見た友人が、さっとジッポの火を差し出した。なるほど、かっこいい。ジッポファンの気持ちが少しだけ分かった気がした。

 

小田様

 

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自分は現在30歳ですが20歳のときから一つのZIPPOを使い続けています。10年のあいだに修理に出すこと3回になり自分の元に修理されたZIPPOが帰って来るたびに永久保証制度のありがたみと、ZIPPO社の徹頭徹尾の姿勢に頭が下がる想いで感謝しています、そして今でも手元に有るこのZIPPOで煙草に火をつけ続けたいと思います。

 

山口様

 

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お世話になった人の形見のZippoを持っています。その人が亡くなった後に、家族の方から「使って下さい」と言われ、今でも大切に持っています。

上田様  

 

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妻と結婚する前に鼈甲調のZIPPOをペアで買いました。 お金もなかったので、これが婚約指輪と結婚指輪の代わりでした。 それから、10年目に2人の破局に危機を迎えました。

 

別居の為に荷物も整理をしていたら、タンスの奥から、シルクのチーフにペアで包まれていた鼈甲調のZIPPOがでてきました。

 

その夜、テーブルの上に置いたペアのZIPPOを2人で見ていて、 当時を思い出し、語り合い、そして、 別居を取りやめにして、再出発を決めました。

 

それから4年このペアのZIPPOは仲良く2つ並んで雛人形のようにサイドボードの真ん中にたたずんでいます。 もちろん、私たち2人も本物のペアに戻りました。 ZIPPOありがとう!

 

奥薗様

 

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2年前の誕生日に、恋人にネコが刻んであるZIPPOをもらいました。 彼女とは結婚の約束をしていたのですが、半年後に事故で他界してしまいました。 あの時にもらったZIPPOが、彼女からの最初で最後のプレゼントになってしまいました。 私の一番の宝物です。

 

匿名様

 

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わたしの大切なもの、私自身の夢と、私をそっと見てくれている妻と、想いに賛同してくれているスタッフと、使いこなした機材にボロボロになったベッコウちょうの3600のジッポーが有ります。

 

考えてみたらこのジッポーに出会って9年になります。 ベッコウは割れて所々剥げていますし、真鍮は何だかクスンデ不健康な色になって哀れなものです。それでも何時もわたしの胸ポケットに入っています。実はもうお守りになっています。

 

仕事で険しい山に登ったり、激しい空撮に挑んだり、目をそむけたくなる現実を見たり、自然の素晴らしさ、人間の優しさを感じる喜怒哀楽の中、何時もポケットの中にいてくれた。そして妻の声が、スタッフ声援が、不思議な声がジッポーの灯かりから聞こえて、今日もひたすらシャッターを切っています。

 

と言いたいですが、これまた飲み屋で目立つんです。口説くのにもってこいです。有り難いですよ、感謝感謝今日も喜怒哀楽求めてネオンへGO。 合い言葉、男の甲斐性、右手にジッポー仕事求めて三千里。今日もがんばります。

 

村上様

 

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私の祖父はジャックダニエルのBJD428によく似たジッポーでセブンスターを吸い、ブラックコーヒーを飲みながら庭のバラの手入れをしていました。

 

本当に毎日庭のバラの世話だけをしていました。 おかげで4月末頃から秋まで、絶えずいろいろな種類のバラが咲いていました。子供心に、他のどんなイタズラをしてもバラにだけは 悪ふざけをしてはいけないと感じるほどでした。

 

祖父が亡くなったとき、ジャックダニエルのジッポーとバラの絵が付いたコーヒーカップとバラの花を棺の中へ家族で 入れました。

 

その後、バラの世話は母が引き継ぎ、今も毎年暖かくなるといろいろなバラが庭一面に咲きほこります。ジャックダニエルのジッポーのカタログを見て、 11年前に81才で亡くなった祖父のことを思い出しました。

 

上田様

 

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ジッポーは合計で7つ所有しています。その中で1番気に入っていたプレーンのスターリングシルバーのものを昨シーズンの冬、スキーへ向かう途中、チェーンを巻くため車から降りたときに落としたらしく、気が付いて戻ったらラッセル車のキャタピラに轢かれていました(ギザギザの平面状態)。でも、一発で火が灯ったんですよね。家に帰って金槌で整形して今でも使っています。ジッポーのそんなところが好きです。

 

加藤様

 

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彼氏がブラス製のフェラーリの刻印されたジッポー持ってるんですけど、すごいエピソードあります。

 

彼は空調関係の仕事をしていて、ある地方都市のデパートに仕事で行ったんです。その時の仕事場は屋上で、仕事をするうちに大切な フェラーリジッポーを落としちゃったんです。

 

仲間の人とかで手分けして随分と探したそうですが結局みつからず 彼はものすごく落ち込みました。 そのフェラーリジッポーはとても苦労をして手にいれたもので 彼はいつも持ち歩いていました。

 

で、昨年の末にホントにたまたま2人でその地方都市をクルマで通過する機会がありました。

 

彼が「どうしても諦められないから」とナンとそのデパートにクルマを進めました。 もう、無くしてから2年近く前の事です。 私は見つかる訳ないと思いました。

 

ふたりで、屋上を探しました。 普段は誰も立ち入らない場所なので、もしや、、、 と思いました。警備員の方も一緒に探してくれました。

 

30分ほどして彼が ・あっ!あったああああ~・と雄叫びを上げました。 信じられません、真っ黒になってたけど まちがいなくあのフェラーリジッポーです。

 

もう、3人して大感動でした! 彼はオンオン泣いてました。 ホントに嬉しかったんだと思います。 こんな事って他のライターじゃありえませんよね。 ダンヒルやカルチェなんかじゃ、もし見つかってても 使い物になってないですよね。 彼の執念とタフなジッポーの勝利!ですよね。スゴイでしょ?

 

二木様 

 

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私の手元には、純銀のZIPPOが2つあります。

 

喫煙具好きの私は今まで、色々なライターを使ってきました。ダンヒル、カルティエ、デュポン、等々。でも、段々使わなくなってしまう。

 

「風に弱い」というのが一番の理由。。。

 

そんな時に出会ったのが、何気なく購入した「1996」のスターリングシルバーのZIPPO。シルバー独特の開閉音が凄く気に入って、毎日使いました。で、遂にヒンジが壊れてしまい、修理に出すことに。。。

 

その間の寂しさが他のライターでは埋められず。。。意を決して、もう一つ購入した、「2004」のスターリングシルバーZIPPO。蘇るあのスターリングシルバー独特の開閉音。たまらなく良いですよね。

 

以前、カルティエのブティックの店長がフランス語訛りで、言っていた一言が脳裏に蘇りました。「火を着けることが楽しいライターですよ。」の一言。

 

まさしく、ZIPPOにもこの言葉がピッタリです。

修理に出したZIPPOも無事に帰ってきて、2つのZIPPOを眺めながら、心に誓いました。

 

「一生使ってやろうと。」

須田様

 

 

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ご応募頂きました皆様、素敵なお話を本当にありがとうございました\(^o^)/ 

 

 

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